デフレギャップ

                                                      2012年7月
 日本経済の衰退に議論は様々にあるでしょう、いや衰退していないと言う人もいます。成長率は維持しているといい、経営も利益を上げ改善しているという人もいますが、個々にみればそれぞれ見方はあって、それぞれ意見があることです。また、国民資産は負債を上まっていると言われています。しかし、ケインズ経済学は巨視的で動態的な経済学であって、税収の減少(財務省の税収の推移でも発表した最終図を参照)を見ますと企業の利潤や所得の減少を意味しているもので、価格低下のデフレをも意味しているでしょう。税収が30年前の水準では国債残高が膨大な現在、経済が崩壊寸前だということを認識できないのは何故かと思うしかありません。
 社会が14年連続30,000人以上の自殺者を出している状況は、経済だけではないとおもいますが、日本人の心がすさんでいることに目を背けられない事実なのです、それは自由放任の私利私欲、弱肉強食の世の中になっているあらわれだとおもうのです、それをまだ人間の想像力や発展力だけを求め改革、改革というマスメディアや政治に疑問を感じている人は圧倒的に多く、それを逆手にとって政治に利用する政治家もいるようで、震災で苦しんでいる被災者をおもえば嘆かわしいおもいでいます。過激なことをいわせてもらいますと、改革、改革という国民の力を求める政治家や経済家、マスメディアの責任だと思うしかありません、普遍的な真理を求めないでいるのです。世界恐慌がなぜおこったかを認識すべきです


ケインズの貯蓄投資の所得決定説の理論から発達したのがハンセンのデフレギャップです。
上図の雇用所得量O,Xは、貯蓄曲線S,S’(所得に対する関数で、図では曲線を描ききれなく直線となっています)と投資線の交点によって決定されるのであるから、今投資線i ,i であるとすれば、交点はAで、雇用量はO,Pである、ところでO,Mが完全雇用の大いさであるとすれば、P,Mだけの失業者が存在するわけです、そこでその失業者がなくなるためには、i,iがi',i'の線まで上昇してその交点がAからBにうつらなければならない、すなわち、投資の大いさがB,Mでなければ、完全雇用水準にならないわけです、しかるに現実の投資量がA,Pだとすれば差し引きB,Cだけの投資不足のために不況と失業者を生んでいることになる、このB,Cというのは実際の投資が、完全雇用水準における投資に達しない場合の差額であって、これをデフレギャップというもので、その反対に投資量がi"i"に成った場合は、交点Dになり完全雇用水準Mを越えるのでインフレギャップという。
 このデフレヤップに悩む不況期においては、政府の公共支出によって、このギャップを埋めて景気を回復せしめ、好況の際には、租税増徴によって、このインフレギャップを埋め過度の景気拡張を抑制しようとするのがケインズ学派ハンセンの財政政策のねらいであったのです。』(世界十五大経済学マルクスとケインズの188〜189ページより)

 過去の日本の経済政策も金融政策と一緒に景気の調整をしてきました。しかし、インフレギャップにあったときの政策が希薄だったことが考えられ、バブル崩壊となり、その後はその調整がきかなくなってきたのです。それは、価格競争で海外生産により投資が海外に移り、国内投資が減少して所得消費も減少、また、価格競争での利潤率の低下により他人資本の返済が滞り倒産が多発し、その上、価格競争によるリストラでの人件費の削減で消費の低迷が続きデフレスパイラルに陥ってきたのは現実のものです。諸悪の根源は価格競争だったのです。
 そのうえ金融政策だけにおもむきを置き、ながい間、超低金利、超量的緩和が国際金融を増大させ、ガソリン等の投機等で金融バブルになってアメリカのバブル崩壊に至り、それまで0金利の日本の円を借りていた円を、アメリカの0金利政策で一挙に返済にはしり超円高になって、日本の企業や財政に大きな打撃を与えたのです。また、アメリカだけでなくこの金融バブルは国際的にも影響がおよんだのも記憶に新しいはずです。しかし、中国だけは日本の円を設備投資以外は受け入れ規制をしていたので、いまだに高金利を維持し全く影響をうけなかったのは何故かを一考する必要があるはずです。
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