2015年12月     
          見失っている経済学

                  (崩壊の中の日本経済)
政教分離から

政教分離ということが良く言われますが、これは無神論者が言う場合と聖職者が言う場合があるようです。フランスが政教分離という意味合いが強く、それがイスラム教から反感をかっているという報道がありました。また或るアメリカの牧師がキリスト教は経済や政治とは関係なく真理だと言います。どちらも言い分はあるのでしょう、しかし、経済学は聖書(キリスト教)と通じているのです。経済学なしにキリスト教(聖書)は語れないといっても過言ではないのです。いや聖書なしに経済学は語れないと言って良いでしょうリンク自由と平等

「持っている者は更に与えられ、持っていない者は持っているものまで取り上げられる」(ルカ19―26)という聖句があります。これこそ弱肉強食で、現代のマネタリズムでの経済に通じるのです。持っているものまで取り上げられるとは命まで取り上げられると解釈できるでしょう。ここ十数年に年間3万人の自殺者を出してきた日本、また世界各地でのテロや戦争それに貧困に苦しんでいる人がいる現在、経済学を見失っているからです。

日本はデフレで成長政策に陰りがでていますが、後進国に援助して協力しようとしている行為は立派です。また低所得者1千万人に3万円支給するといいます。これも弱者救済による消費アップで非常に良いことでしょう。しかし、足元の経済は崖淵です。物、人、金のバランスを欠き金融利益だけに頼ってきた経済社会、量的金融緩和での円安誘導で株高を目論んだことは、確かに資産は評価益(評価益は資金が伴わないのです、それよりも税金で資金流出となるのです)などで増えたでしょう、また株の売買で儲けた企業や人、チャイナ―ショックで損した企業や人もいたでしょう、しかし株価が安定、為替が安定すれば、評価利益は上がりません。そして株主のために株価を上げようと、また売上げが芳しくなく、業績を上げるために雇用の非雇用制度を利用してリストラをすれば、消費に陰りがでてデフレになるのです。それでなくても生活保護受給者が増えているのです。そのうえ海外に生産基地を移していたので、現在の円安で輸入製品の高騰が加わり、消費税アップがあるので余計に消費は増えないのです。全て株価のため金融利益が主体では経済は良くならないのです。

それ故に政府がバラマキ政策(公共投資と同じで再生産に繋がらく、一時的な景気対策)をする結果になり、財政がますます苦しくなり負債が増え続けているのです(財政破綻否定論とプライマリーバランス)。あくまで企業が活力を取り戻し利益を上げようと投資をし、雇用、生産で賃金アップし家計支出が増え、その結果企業が利潤を上げ個人の所得が増え、そこから税収が増え健全な財政になって行くのです。そして再生産に繋がっていけば、経済は安定するのです。しかし海外投資は企業の活力とはならないのです。それは海外での投資は、投資から雇用、生産そして消費に繋がらないからです。また、軍備の生産は武器の消費は戦争以外はなく、再生産に繋がらないので非経済活動にほかならないのです。バラマキと一緒なのです。  

今のままでは将来どうなるのか、予想がつかないのがおかしいと思うのです。それは、もし日本経済のインフレ(需要>供給)が進み過ぎたとき、金利操作ができるかです。為替相場が混乱するからです。また、このまま企業が利益を上げられなく、利益を上げようとするあまり非雇用制度を利用してリストラをすれば、今までの経済が続くのです。そして国の負債は増え続けて国債を発行するのに金利が上げれば、市場金利も上がり為替の暴騰となり株も暴落するでしょう。それらを加味して円高を恐れず経済政策をする必要が急務な時なのです。それには自由にまかせるのではなく、国際協力や規律、規制が必要でしょう。聖書イエスキリストの言葉にこうあります「わたしが律法や預言者を廃するためにきたのではない、成就するために来たのだ」(マタイ5―17)そして「汝の敵を愛しなさい」(ルカ6―27、マタイ5―38)や「自分を愛するように隣人を愛しなさい」(マタイ22−39マルコ12−28、ルカ10―25)ということにつながっているのです。自由とは規制と規律の中にあるのです。

世界恐慌は産業革命による機械化で大量生産による物余りとなり、そして経営者資本家等が労働者を無視して価格競争、デフレ、利潤低下をまねいた結果ですが、加えて戦争(第一次世界大戦)で戦費を費やしてこともあって恐慌になった歴史を考えると、争いや経済の自由競争でなく、またマネタリズムやグローバル経済ではないことがわかるはずです。そのように経済学が聖書(キリスト教)だということが言えるのです。そしてケインズ経済の経済循環を再研究し、国内経済の立て直しを計るべきです。言い換えれば海外での製品生産を止め、国内生産に切り替えることも必要でしょう、それには国際協力が必要なのです。世界恐慌を避けるために。

日本経済は崩壊の中にある

周恩来の「日本は発展途上国を経済植民地化を進めている」という指摘の通り、海外生産により日本経済は重大な危機となっているのです。その事は「日本の経済発展が後々重大な事態を引き起こす」という周恩来とキッシンジャーの意見が一致していたことです。そして、「自衛」だと言って軍備を始めるだろうと周恩来が予言したように、現在は憲法改正を視野に軍備増強を目指していることです。
しかし、現在の日本経済は崩壊の中にあることを認識すべきなのです。それは非雇用制度です、もしこの制度が無ければ企業は倒産しているからです。その上に倒産しても救済制度があるからで、よって現在は崩壊の中にあるということになるのです。故に何度も述べますがマネタリズムやグローバル経済ではなく、経済を見直すことが必要になっているのです。世界恐慌を避けるためには「キッシンジャーが中国は歴史的で普遍的な視野を持っている」と言うマルクスの「資本主義崩壊論」や「無神論は罪だ」という事を知るべきなのです。そして歴史上の世界恐慌を知るべきなのです。経済循環やハンセンのデフレギャップ、ロビンソン経済学を再研究すべきなのです。

グローバル経済と共存共栄

各国の経済体質から考えた時に、共存共栄、グローバル経済は理想としか言えません。何故なら、例えば中国のような、資本主義的な市場経済をとっていますが、しかしこの根本はマルクス経済が関係していて、余剰利益は労働者のものであるという考え方から、共産党がその余剰利益を吸い上げて、わずかな利益しか計上していないからで、その殆どの余剰利益が国家予算になっているからです。それに比べて日本はその余剰利益は税金、配当、借入金返済に充てることで、経済が企業と国によって動いているのです。この余剰利益の問題は1800年代の経営者等の横暴からの虚無主義の中でマルクスが説いたものなのです。

このように共存共栄、グローバル経済は中国だけでなく、他の国との社会経済体質が違い、その上為替という垣根があって、言葉で言えても実際は卓上理論でしかないのです。

しかし、共存共栄は気持ちの上で大切なことで、イエスの言うところの「汝の敵を愛せ」や「自分を愛するように隣人を愛せ」という事になるのです。そして発展途上国に対しての援助や協力は絶対に必要な事なのです。貧困、暴動、テロ、戦争を押さえる為に。それをグローバル経済といって企業海外進出(植民地化)や民主化と言いながら武力抑止では、現在のように先進国の経済が混乱するからです。

いわゆる、前述のように海外企業進出は国内経済循環を削ぐことで国内再生産に繋がらなく、また軍備や軍事も同じで再生産に繋がらないので長期的な経済成長は難しいのです。海外投資による配当利益や株価等の金融利益だけに頼る結果、国内再生産による利潤を考えないバラマキ政策では負債は増え続け、経済が混乱し世界恐慌を招く危機になるからです。関連
 
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